朝日新聞の身体拘束率報道への疑義

 2019年5月23日朝日新聞の夕刊に、「精神科の身体拘束率東高西低」という報道がありました。内容は、2017年度の精神保健福祉資料を杏林大学の長谷川利夫教授が統計学的に分析し、精神科入院患者あたりの拘束率が高かったのは、埼玉県9.94%、千葉県8.50%、山形県8.39%、神奈川県8.31%など東日本の県であり、西日本では低く、岡山県0.86%、和歌山県0.93%、香川県1.15%、宮崎県1.22%、鹿児島県1.43%であり、結論は「なぜこれほど東西格差があるのかは調べる必要がある」、「不必要な身体的拘束がないか、見直すきっかけにしてほしい」となっています。

 精神科病院での平均在院日数は減少し、長期入院者、病床利用率も減少、さらに、日本全体の自殺者数は減り、精神医療の面では望ましいとされる傾向がみられる中で、身体拘束数は近年増加してきましたので、注意を喚起する意味で報道は評価できます。しかし、この拘束率の計算法は一つの方法であり、他の見方もあることをお伝えしなければいけないと思います。

 関係者には知られていることですが、人口10万当たりの精神科病床数は、西高東低であることがわかっています。精神科病床数がもっとも多いのは、鹿児島県で人口10万当たり 590.3床で、逆に少ないのは、例えば、さいたま市で86床程度です。私の病院の拘束率は 9%くらいのことが多い(決して望ましい数字ではありません)のですが、そもそも人口当たりの精神科入院数が少ないのです。590.3÷86=6.9 つまり、さいたま市に対して、鹿児島県では同じ人口当たり6.9倍も病床があるのです。つまり、鹿児島をはじめとする西側では、平均的にみると、東側では入院していない人が何らかの事情で入院しているという可能性があります。鹿児島県の拘束率1.43%に6.9をかけてみると、1.43×6.9=8.97で、当院の拘束率とほぼ一致します。

 これから予測されることは、さいたま市と鹿児島県の人口当たりの拘束率は、ほぼ同一であるのではないかということです。さいたま市では入院にならず外来治療でみていく精神科患者が鹿児島県では入院しているということなのかもしれません。さいたま市では、診療所が多かったり、社会復帰施設も古くからあるので、通院で何とかなる方が多いのかもしれません。さいたま市ではベッド数が少ないので、病床数とか、入院者数を分母として計算すると拘束率は高くなってしまいます。

 身体拘束に関与する因子は、病棟の人員配置の問題(保険上の分類と関係)、隔離室の数(病院当たり、人口当たり)、隔離室の構造、措置入院率、救急システム、人口当たりの医師数、そして、取り組みなど多くの要因が関わっていると考えられます。しかし、今回の入院患者当たりの拘束率にもっとも影響するのは、人口当たりの各都道府県の病床数や入院者数であることで間違いはないと思います。

 朝日の報道は、患者さんやご家族に大きな不安を与える可能性もあります。また、医療関係者にも大きな誤解を与えます。たとえば、埼玉県の他の科の病院から、埼玉の精神科病院はダメだと思われてしまったり、患者さんの家族にしても、自分の家族が埼玉では不当に拘束されているのではないかと不信感を抱いてしまう危険性もあります。がんばっている地元の精神科病院従事者が意気消沈してしまってはいけないだろうと思いますので、あえて、こういう見方もあるということを発信させていただきました。

概念図

 上の図は、今回の報道を表す概略図です。比率は適当ですのでイメージとお考えください。全体の黒枠が人口として、青の部分は精神科の入院者です。さいたま市の6.9倍の病床があります。その中で、赤の部分が拘束者です。朝日新聞は、赤の部分の数を青の部分の入院者数で割って比率を出しているのではないでしょうか。青の部分の大きさが、2つの地域では、全く異なるということを考慮に入れ、赤を全体の白(人口)で割ると、鹿児島県も私の病院も拘束率は同じ程度となります。

 鹿児島県で、病床数が多く、さいたま市で少ないのは、いろいろな要因があるのでしょう。さいたま市では、病床数が少ないという点では、国が目指す形の上で望ましいのでしょうけれども、実際には、空きベッドが無くてタイムリーに入院できないなどの問題もあります。当院でも、新しい患者さんを受け入れるために、しょっちゅう、患者さんに何とか保護室から出ていただいたり、部屋を移動していただいたり毎日やりくりしてせかせかしています。

また、拘束率は、その地域の犯罪率、自殺率、気候と有意な関係があります。驚くべき「不都合な真実」をお読みください。

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