優しくありなさい その6

「優しくありなさい。あなたの出会う人々は皆,困難な闘いに挑んでいるのだから」という名言は,それをタイトルにしている書籍によるとプラトンのものとされています。私は,臨床の場に合致する内容の名言だと思っていました。というのは,精神科をしていますと私のような医者だけでなく,看護師もその他の職種の人も,病気のために興奮した患者さんや妄想のある患者さんから,暴言を受ける,目の前で物を破壊される,場合によっては手を出されるということもあります。こんなことがあっても,日常の診療や看護を精神科病院の中でしていくのは大変なことです。患者さんには癒されることもありますが,上述したたいへんな場面もしょっちゅうあります。

 このような中で,正しい医療,望ましい医療をしていくためには,生来天使のような人でなければ,よほど病気のことを深く理解するとか,哲学的,思想的,宗教的な支えを持たなければ難しいのではないかと思っています。そういう明確なものがなければ,自分の思いと自分の態度に乖離ができてしまい,表面は良く見せて,内面では攻撃的な感情を押し殺している,あるいは偽善者であるということが避けられないように思います。そのようなことは,患者さんたちが,病気によってひとい闘いを強いられているということを忘れないことも大切な気がしています。そのような意味でこの名言はいいなと思い,さらにプラトンの言葉だといわれると,さすがプラトンということになって,ますます言葉の価値も上がるなと思っていたのです。

 この言葉の前後の文脈を知りたくて,著者が出典としている「ソクラテスの弁明」,「国家」などを読んでみたのですが,見つかりません。また,プラトンは,ほとんどの著書において,ソクラテスが青年やソフィストと対話を重ねていくのですが,ほとんどは,合意した前提の上に質問を重ねて,ある結論に追い込んでいくという手法です。ここには,命令調の「・・・・しなさい」は,2-3の書籍を読んだところではありませんし,ほかの著書でもありそうもない表現と感じました。

 それで編集者にも聞きましたが,はっきりした答えはわからず,プラトン研究者も少なくとも上記2書にはない,著者がプラトンをソクラテスのことをみていったのではないかというような返答でした。これ以上のことは,日本では無理と思い,編集者が教えてくれた英訳「Be Kind; Everyone You Meet is Fighting a Hard Battle」をグーグル検索に打ち込んでみましたところ,面白いブログをみつけました。
https://quoteinvestigator.com/2010/06/29/be-kind/

 これによれば,やはり,プラトンの物ではないという指摘があり,私とおなじような考えで,その出所を探ったものです。これが最終的なものであるかはわからないのですが,1900年前後の米国の作者数名まで辿れているようです。私は英語が苦手なので,詳しくは読んでません。興味をお持ちの方はどうぞ読んでみてください。

 では,日本のその著者はどうして,そうしたのでしょうか。おそらく,100の名言を集めたときに,外国の名言集を参考にしたのではないでしょうか。そして,その名言集には,その言葉はプラトンの言葉だと書いてあったのでしょう。だから,おそらく英語圏でどの段階かで,プラトンのものとされたのでしょう。その初めに間違った文献を知りたいなと思います。どなたか知っているのでしょうか。

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