身体的拘束に関するさまざまな問題

 2019年6月18日、NHK EテレのハートネットTVで、日本の精神科病院で身体的拘束をされ、その後に死亡したニュージーランドの男性のことが放送されました。身体的拘束については、つい先日、朝日新聞が読み方によっては誤解につながりかねない報道をされたことをブログに書かせていただきました。

 さて、もうだいぶ前になりますが、私が出張先で病院から連絡があり、入院した患者が3階の病室から飛び降りて、大けがをしたということを知りました。その患者さんは、精神症状が悪化し家族に連れられて来院し、精神保健指定医が医療保護入院が必要と判断し家族の同意で入院となりました。指定医が隔離をしたのですが、当初から入院に納得せず、帰りたい帰りたいと言っていたようです。身体的拘束をしないと危険だと思った看護師もいたようですが、指定医は拘束不要と判断し隔離のみにしました。しかし、指定医の診察を終えてから、その男性はベッドの上にのって窓を強く蹴飛ばして窓枠をはずし、3階の窓から飛び降りて、頚髄損傷の大けがを負ってしまったのです。拘束をしていたら防げたのかはわかりません。

 この事件は、本人、ご家族、入院させた指定医にも、不幸な出来事でした。それぞれの立場で後悔することがあったと思います。しかし、医師も看護師も身体的拘束をするのは、最終的な手段と考えており、できればしなくて済ませたい、きっと大きな問題は起こらないだろうと思い込みたいのが普通です。される方の苦痛とは比較にならないと思いますが、身体的拘束は、する側にとっても心理的負担があります。しかし、医師は患者に接している時間は短く、24時間患者を看ているのは病棟の看護師たちです。もし、拘束をすることが妥当な患者の拘束を指定医が回避すれば、看護師や補助者に責任と負担が集中してしまうこともありえます。

 このように、身体的拘束は、いろいろな問題をはらんでいます。当院では250人ほどの入院患者さんを夜間15人の男女の夜勤者がみていますが、日本の精神科病棟では、自傷他害のため警察官に抑えられて入院した男性患者を含めて60人の患者を夜間2人の女性だけでみなければいけない病棟が普通にあります。それが合法なのです。如何に看護技術が高くても追いつかないのは容易に想像できます。よくやって下さっているなと思います。うまく対応しなかったために事故が起きたのではないかと看護師の責にするなどとてもできないことです。

 実際、暴力を受けてしまう看護師もいます。殴られる、蹴飛ばされる、眼鏡を取られて壊される・・・。知り合いの女医さんは、某有名病院で当直していた時に、拘束をされていない隔離中の男性患者に押し倒されて殴られ続けたということを聞いたことがあります。これも、患者さんが悪いのではありません。そのような恐ろしい病気なのです。暴力受けた職員は、体の傷も負いますが、自分の対応が未熟だったのではないかという心の傷もうけてしまいます。一方、医師は、患者に付き添って面倒みるわけではないので、拘束は悪だと考えれば、自分が拘束の指示を出すのを良しとせず、現場の看護師の対応に責任をゆだねてしまこともあり得ます。まして、さまざまな報道のように、身体拘束は悪だと強調されると、現場の人間たちは無力感を感じてしまうかもしれません。

 NHKの報道は、見方によっては日本の医師も看護師も病院も、人権意識が乏しく、水準が低く、人間的にも不完全であるというようにもとれるような内容でした。しかし、日本でも看護師という職業を選ぶ人は、一般人よりも思いやりがあり、献身的で、自分のことよりも他人のことを優先し、患者を大切にしているものです。日本の医師もニュージーランドの精神科医よりも人道面で必ずしも劣っているとは思えません。私のいる病院でも、私が見る限り、看護師などコメディカルは極めて献身的に、やさしく、粘り強く患者さんに接しています。私にはできないことです。

 日本の身体的拘束が多いとすれば、ほかの理由からのように思います。どうか、不必要に現場の人間を裁くのはやめていただきたいと思います。献身的に携わっている人間のやる気を失なわせます。現実的、具体的、科学的に拘束を減らせる方法を教えていただきたいし、考えていきたいと思います。この辺がうまく解決に向かわないと、拘束をしなければいけない精神科の看護師は病院をやめ、訪問看護師になるしかなくなります。人権意識に敏感な医師は、拘束の指示を出さなくて良い開業医になるしかなくなります。

 日本では、拘束をしなければならない精神科病院に勤める医師や看護師と、それを望ましくないというグループが対立してしまうような構造になってしまうと思います。世の中に、人から汚いと言われる仕事があって、誰かがしなければいけないのなら、その汚い仕事を引き受ける側に私はいるのはしかたないかなと思います。精神科病院に勤める医師や看護師でも、拘束は望ましくないと思っており、私を含め忸怩たる思いでいる精神科病院職員も多いことだと思います。

ピネルの像と私 サルペトリエール病院 パリ  

 身体的拘束は、精神科医療の長期にわたる世界的な問題です。フランスのピネルという医師が、身体的拘束を廃止したのは約200年前です。日本では約100年前に、現松沢病院で呉秀三が、拘束具を焼き払ったのです。しかし、松沢病院は、その後、約20%近くまで拘束率が上昇しました。それが最近の松沢病院での取り組みにより、随分と拘束率が減少したという報告があります。しかし、それに伴い看護師の事故もあるというのも聞いたことがあります。松沢病院は日本の精神科で最先端の病院であり、人材的にも施設面でも優良なはずですが、それでも約100年前に廃止したはずの拘束が一旦はまた増えてしまっていました。それなりの理由があるはずです。

 ピネルも呉も英雄になっています。銅像になっています。しかし、ピネルや呉が自分の意志を貫こうとしたとき、現場の看護師たちが犠牲にならなかったのかと心配になります。現実的で具体的な改善手段がないままに理想を実現しようと偉い人が思う時そういう危険はなかったのでしょうか。確かにピネルや呉のしたことは正論で進むべき道です。私の勤める病院も呉の系譜の上にありますので、あまり文句を言う勇気はないですが、声を発することのできない人の真実も知りたいとは思います。
 日本で現在使われている拘束具の多くはドイツ製です。拘束は時代を超え、地域を超えた問題なのです。

 最近こういうことがありました。私が病棟で患者さんの診察を病棟でしていたところ、すごい形相で小走りに女性看護師に迫り、「俺のおやつ、お前がとったな」などと大声で言っています。次には殴るのではないかと感じました。その患者は過去に何度も他害行為があり、措置入院を繰り返している人です。幸い手は出なかったのですが、傍らにいた私は、注射の中身を説明してさせてもらい、保護室で胴ベルト拘束の指示を出しました。「お前を殺す」、「外に出たら」などと断片的に言ったり、笑ったりしていました。この患者さんの人間性に問題があるなどということでなく、重篤な病気に現在侵されていることが問題なのです。

 男性患者が被害妄想により、善良な女性看護師の元に迫る光景をその看護師の子供さんやご主人がみたら、いたたまれない気持ちになるでしょう。男性の職員がすぐに来て引き離し、身体拘束というのがあるのなら、すぐにその患者を拘束してくれと願うでしょう。こういう場面のあることも想像していただければと思います。

  ただ、ニュージーランド人の患者さんの身体的拘束ですが、足の拘束もしていたのでしょうか。一般に足への拘束は、血栓症のリスクを高めるので、避けることが多いと思います。私も「蹴飛ばされたから」と職員に言われても、よけて下さいと言います。もし、病状によりどうしても足拘束をしなければならないとしても、短時間にすること、可動域を最大限にとること、足を動かさないならばすぐに拘束をやめることにしています。セグフィックスを用いるとほぼ足が動かせない状態に固定することが簡単にできてしまいます。気が付いたら、誰かがすぐに指摘する責務があります。

 今回の件に関わる報道で、問題提起をしていただいたのは良かったと思います。私もこうして再び考えるエネルギーを得ることができました。今後、現場の我々がどうしたらよいのか、松沢病院等の取り組みも読み直して取り入れ具体化していかないとと思います。私のいる病院などは自分たちの力ではなかなか改善できない非力な面があります。いろいろと支援していただきたいと思います。現実的、科学的な方法を、私たちは喜んで受け入れたいと思います。

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