精神科医の薬の使い方はなぜ個性的なのか

 精神科の医師の薬の使い方は、その人によって随分と異なっています。多くの数の薬剤を使う精神科医、少ない数の薬で済ます医者、だんだん増えていく医者、そして、どの患者にも同じ薬を使う医者などなど。

 これは、どういうことかというと、薬を使ったときの偶然の成功体験を拡大解釈してしまうからのように思います。医者もいい成果が出るか不安ですので、たまたま出会ったいくつかの症例で、良い効果が出た薬「A」があると、他の患者でも、そうなるはずだと思い、成功体験を一般化してしまいます。ですから、その「A」という薬剤の使い方には習熟するでしょうが、もっと違う薬剤をつかうことで改善するというチャンスを逃してしまうかもしれません。

 これは、人間の思考様式の中で特によく見られる偏りのある思考の方法であると思います。なぜ、こういうことになるかというと、人間は考えることについても効率的に省エネでやっていきたいからかもしれません。極端に単純化してしまうのです。

 こういうように、医者に限らず人は自分が気づかないうちに動かされているということがあります。これは人間の考え方の問題です。ほかにそのような問題のある思考方法はいくつもあるように思いますが、たとえば、物事の因果関係は一般的には明確化しにくいものですが、これが原因だと単純に思い込んでしまうということがあります。このように人間にはさまざまな考え方の癖があり、それからなかなか自由になれないものです。また、そのように囚われていることに気づかないということもあります。

 さて、問題は、成功体験から形成された薬の処方の癖ですが、これは、患者に合わせるというより、医者自身に合わせている処方となり、その意味では自己中心的な処方ということになります。ただ、その自分のスタイルを究極まで高めていくということは一つのありうる方法なのかもしれませんが。

 1600年代のオランダの哲学者、スピノザはこう言っています、「欲望はまた経験からも生じる。これは例えば医者の処置に見られる。ある薬が良いことを何回か経験すると、それを確実不動のものと思いがちである」(神・人間及び人間の幸福に関する短論文、スピノザ著、畠中尚志訳、岩波文庫、122ページ)約350年前にこんなことを言っているのです。驚きます。

 よく人間が間違えること、偶然を一般化しすぎてしまうこと、原因を間違ってしまい固執することなど、人間には認知の上の誤謬のスタイルがいくつかあるように思います。素直になれないのです。そのために、物事をそのまま見ることができない。自分の独特の認知のゆがみが合わさって解釈し、主張してしまうということがあります。特に、因果関係の問題についてはわかりやすいので、今後、ゆっくりと探っていきたいと思います。

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