精神科病院は精神病による自殺や犯罪を抑止する 2

 入院治療は訪問看護で代替できるのか?

はじめに

 精神科病院の入院患者が人口に対して多い都道府県では、自殺がより抑止され、刑法犯も少なく、検挙率も高いという結果を前のブログで書かせていただきました。これらは、ピアソンの相関係数も十分に高く、明確な相関関係があることをお示ししました。なお、私は、過去の文献を調査していませんので、すでに当たり前のことなのかもしれません。その場合にはご容赦ください。

 さて、国は精神科病院の入院患者を退院させ、地域でみることをすすめてきました。実際、私の病院でも、入院した途端に、退院先のことを考えるというのが当たり前になってきました。地域という言葉は何か変な言葉ですね。地域でみるという場合の地域とは、在宅とかグループホームとか老人施設は入るが、精神科病院だけは、「地域」に入らないと考えている医療関係者が多いのではないでしょうか。

 繰り返しますが、精神科の入院は、少なくとも自殺、刑法犯の抑止には有効であることがわかりました。しかし、これは私はあまり予測しなかったことです。精神科病院のもっと明らかな利点とは、治療そのものの有効性です。何年、何十年と治療が不十分で病状が著しく悪化している場合でも、入院を契機に大きな展開をもたらす事例はたくさんあります。その有効性を実感しているので、喜んで精神科病院で仕事をしているのです。残念ながら指標も含めて研究方法が難しいので、なかなか明確にできませんが。ですから、犯罪や自殺の抑止とは付加的なものと考えています。

 さて、入院から地域へということで、私たちがよくとる手段は、入院している患者さんの住居を設定し、外来に通院してもらい、同時に訪問看護を入れることです。このような状態にある患者さんは地域に移行したということで、うまくいっているということになります。「地域移行加算」という保険点数上の優遇措置もあります。さて、訪問看護は、はたしてどのくらい有効なのでしょうか?また、それは入院治療と比べて遜色ないものでしょうか。あるいは、入院治療よりよい効果があるのでしょうか?これを統計学的に検討してみました。

方法

 630調査には、精神科訪問看護の項目もあります。各都道府県が、人口当たりどのくらい訪問看護をしているか(人数)、そのうち、病院の訪問看護の患者数、診療所の訪問看護の患者数、訪問看護ステーションの訪問看護の患者数も公開されています。例によって、630調査と刑法犯認知件数、自殺率を都道府県別にして、Exel に入れ、SPSSで相関係数を調べてみました。平成29年のデータを用いました。

結果

 得られた結果を以下の表に示しました。

表1 訪問看護の形態と自殺率との関係(N=47)

自殺死亡率人口10万当たり
訪問看護利用者数(全体)
(人口千人対)
相関係数
有意確率
-0.054
0.721
病院の訪問看護同上0.117
0.432
診療所の訪問看護同上0.040
0.790
訪問看護ステーション同上-0.273
0.064

 統計学的に有意なものはありません。つまり、自殺については、訪問看護全体でも、病院の行っている訪問看護でも、その他の訪問看護でも自殺抑止に対する効果がはっきりしません。入院治療が自殺抑止に明確な効果があるとされたのと対照的です。ただし、他の多くの要因が関係していると思われますので明確なことは言いにくいのですが、少なくとも、精神科の入院が明確な自殺の抑止効果を認めるのに対して、訪問看護の抑止力は、単純な相関係数では認められないということです。多変量解析で、他の要因を削除すれば、少し効果がわかるかもしれません。

 次に、犯罪と訪問看護との関係をみてみます。

表2 訪問看護の形態と刑法犯認知件数との関係(N=47)

刑法犯認知件数人口千人対2016
訪問看護利用者数(全体)
(人口千人対)
相関係数
有意確率
-0.290
0.048*
病院の訪問看護同上-0.423
0.003***
診療所の訪問看護同上-0.094
0.536
訪問看護ステーション同上0.033
0.828

 訪問看護利用者全体でみると、有意確率は0.048で有意であり、相関係数は-0.290と弱い負の相関関係が認められました。つまり、訪問看護患者数が人口に対して多い都道府県では、刑法犯認知件数が少ないといえます。
 その内訳をみてみると、精神科病院の行っている訪問看護では、有意確率0.003と明らかに有意で、相関係数も-0.423と十分な負の相関がみられます。犯罪を有意に抑止しています。
 ところが、診療所の訪問看護と訪問看護ステーションの訪問看護は、有意ではなく、刑法犯との関係がみられません。つまり、訪問看護の全体としては、犯罪抑止にやや有効であるが、それは、精神科病院のしている訪問看護が有効だからであって、他の訪問看護は統計学上有効性が不明確であることを示しています。なお、データの年度が異なっていますので、実際はさらに明確になるはずです。

考察

 では、なぜ、精神科病院の訪問看護だけが有効で、診療所や看護ステーションの訪問看護が、刑法犯認知件数の上で有効でなかったのでしょうか。
 それは、簡単な理由です。精神科病院入院の犯罪抑止効果は、前のブログでお示しした通り、非常に有効でした。精神科病院の訪問看護は、患者さんの状態が悪くなり、危機的になったときに入院を利用できます。有効な入院という手段をとれるので、精神科病院で行う訪問看護は有効なのです。おそらく、その1点です。
 他には主治医と相談しやすい点も挙げられますが、主治医と相談できるだけでは有効ではありません。なぜなら、診療所の訪問看護では、主治医と密接な関係がありますが、病院と違って有効でないからです。つまり、訪問看護を有効にしていくためには主治医と連携するだけでなく、必要に応じて入院が利用できるかどうかにかかっていると私は考えます。
 では、診療所やステーションの訪問看護はどうしたら犯罪や自殺というハードな面でより有効になるでしょうか。それは、精神科病院への入院の有効性を認識し、危機に直面した時に入院という手段をとるよう病院に依頼できるようにすることです。
 しかし、これにはさまざまな障害があります。患者さんが入院を嫌がるとか、看護者自身が入院に抵抗があるとか、問題に直面せずに希望的に考えてしまうなどもあるかもしれません。病院に依頼するのも負担ということもあるかもしれません。病院の医師の方でも、外部のステーションに訪問を依頼している場合、入院を勧めることを躊躇してしまうことがあります。病院側で克服しなければならない課題であると思います。
 思い込みや遠慮や自分の主義などによらず、客観的な医学的判断によって、アクションをとらなければならないと思います。入院を患者さんにすすめるには普段からよい治療関係を維持していなければなりません。それは、患者さんに受け入れられるということだけでなく、患者さんの病態の改善を目指す訪問看護だと思います。
 危機を認識しながら、経過をみよう、たぶん大丈夫だからでは困るのです。必要な時にはっきりした行動を起こせなければいけないように思います。
 病院で入院している場合、病院には患者さんの治療に対して強い責任があります。それを意識しています。しかし、外来になれば、責任感がやや希薄になります。訪問看護でも、自分たちのできる範囲内でやればいいと言う考えになってしまうと患者さんに不利益になります。危機的な時は、精神科病院につなげていただきたいです。

結論

 精神科の訪問看護うち、都道府県の犯罪の抑止、自殺の抑止に効果的なのは、本研究では、精神科病院の訪問看護だけでした。

 精神科病院の精神科訪問看護を有効にしているのは、入院に結び付けやすいからだと考えました。

 診療所の訪問看護、訪問看護ステーションの訪問看護をより有効にするには、危機的な場合に入院治療を積極的に利用することである。それを進められるよう患者との信頼関係を高め、病院との連携を強化することです。

 このような事実を踏まえた上で、今後の我が国の精神科医療のあるべき姿を考えていく必要があります。

おわりに

 結果は、精神病院に利があるというような結果になってしまいました。ただ、これは、630調査と犯罪率、自殺率の間でのことだけですので、訪問看護の方は気を落とさないでください。アンケートなどで主観的な評価をみれば、入院に比べて訪問看護は高く評価されるでしょう。また、他の客観的指標では訪問看護の有効性が示されるでしょう。
 ただ、その地域での精神科医療をより有効なものにするには、訪問看護者は精神科病院の利点を最大限に利用するべきです。偏見や思い込み、主義に固執することが、妨げになることも考えられます。これらを克服することが大切なように思います。なお、この報告は、訪問看護の有効性を否定するものではありません。ただ、この切り口から見た場合にのみ、このような結論になるということです。

 この2回のシリーズで分かったことは、我が国の精神科治療体制の進むべき方向とされた、精神科病院からの脱却、地域への移行については、自殺率、犯罪率の観点から見て、必ずしも安心して受け入れられるものではないのではないでしょうか。人的側面、経済的側面も含めてエビデンスを基に慎重に議論していく必要があります。

 できれば、この次に、精神科病院の長期入院について統計学的に考えてみたいと思います。長期入院は本当に望ましくないのでしょうか?

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