偉人のうつ病について その2

 偉人のうつ病 その2 渡辺和子 に行きます。時代は前後しますが、「置かれた場所で咲きなさい」をご存知ですか?アマゾンであらためて取り寄せてみると、帯に大ベストセラー300万部と書いてあります。めずらしいですね。さて、この著者の渡辺和子(従来通り敬称略)ですが。お父様は、教育総監である渡辺錠太郎で、2.26事件で殺害されました。それが彼女の人生に大きな影響を与えました。その殺した方の側の人とずっと後になって葛藤を抱きながら会った話などがあります。この詳細は、私も覚えていないのでどのどうぞ本でお読みください。

 彼女は、1927年に生まれ、聖心女子大学を経て、ノートルダム修道女会に入り、アメリカにj派遣されました。そして、いろいろな偶然が重なり、わずか36歳という若さで、岡山のノートルダム清心女子大学の学長になってしまいます。それまで2人の学長は外国人でしかも70歳代でしたそうで、本当に普通はあり得ないことだったようです。彼女の母親は、まったくキリスト教と無関係であり、彼女が修道女になると言ったときには、理解できなかったようです。でも、おそらくその後も会えるチャンスはあったでしょう。マザー・テレサも父親の急逝は殺害されたためではないかともいわれています。マザーの母親は敬虔なクリスチャンですが、彼女が外国に行って修道女になると伝えたときは、丸一日、閉じこもったそうです。そして、やっと受け入れたそうですが、途中まで送っていって別れた切り、おそらく生涯一度も会っていません。どういうことでしょう。2人は共通しているところがあります。2人とも恵まれた家庭に育ちました。そして、何不自由なく育ったが、父親を殺された。母親とはいい関係だったが、意に反して別れることになったことなどが似ています。そして、マザー・テレサが来日した時の通訳をしたのが渡辺和子でした。

 キリスト教では、神に召されると言って、神との関係は、親よりも強くなるようです。日本の聖人、「代表的日本人」の一人、中江藤樹は、脱藩してまで、故郷に帰って母親の面倒をみたのです。孝の考えの強い儒教とずいぶんな違いです。

 さて、その「置かれた場所で咲きなさい」というタイトルを見ただけで、いろいろと想像できます。就職したものの、どうも自分の思い通りでない、自分が正当に評価されていない、環境を変えればもっと良くなるはずだ、という考えはよくありますね。渡辺和子自身、若くして学長になり、辛酸を舐めていたときにそう思ったそうです。
 そして、彼女は同書籍中に公開していますが、50歳の時、うつ病になりました。「この病の辛さは多分、罹ったものでなければ分からないでしょう」と言っています。学長職ほかさまざまな要職のための過労によるものだったと思うとのことですが、自死も考えたそうです。入院もし、投薬も受けたとしています。苦しい2年間だったと語っています。彼女は、その病気を経験して、気づかなかった他人の優しさ、自分の傲慢さに気付いて、より優しくなったといいます。どうそ、幻冬舎「置かれた場所で咲きなさい」をお読みください。

 さて、マザー・テレサは、渡辺和子とよく似た面もあるのですが、私の知る限りではうつ病になっておらず、それはどうしてかが問題です。マザー・テレサは、裕福な家庭の子女が通うインドの女子学校の先生で何不自由なく仕事をしていて満足もしていました。しかし、ダージリンに行く汽車の中で、その正確な言葉は忘れましたが、スラムに行くようにと啓示を受けたのです。召命というのだそうです。そして、カルカッタのスラム街に単身で出ます。それから、彼女の苦闘が始まります。
 渡辺和子がうつ病になったのに、マザー・テレサがそうならなかったのはなぜか? それは、私の想像ですが、彼女の祈りにあるように思います。瞑想や座禅などの修行はそれがその人にとって適度の物であれば、有効になる可能性があると思います。「置かれた・・・」にも記載がありますが、マザー・テレサは、来日して非常に忙しく働き、いろいろな発言をするのですが、寝泊まりする修道所に夜遅く到着した後に、睡眠時間を削ってでも、静かなお祈りの時間を持ったそうです。渡辺もびっくりして本に書くほどですので、マザー・テレサの祈祷は少なくとも渡辺の予測を超えたものだったのでしょう。それが、マザーを支えていたことは、本人自身が語っています。どこに書いてあったかは思い出せませんが、祈りの時がなければできないということでした。2人とも道を求めた宗教者で、しかも、実務に優れていたことが一致しています。マザーと例えば、子供たちの食料を確保するための方法など、驚くほどの発想と実行力があります。二宮金次郎もそうです。新渡戸稲造もそうです。みんな観念的でなく、現実的な問題を大量に素早くこなしていたと思われます。処理能力というのは、たいへんなもんですね。現代で言えばホリエモンは、アルバイトした時の処理速度が尋常じゃなかったそうです。また、千日回峰行2回達成の酒井雄哉も、大学の図書館で本を出す仕事をしていて、初めはダメダメだったが、ある時に法則を見つけて、超早く仕事を進めることができるようになったそうです。先生に大学に進学したらどうかとすすめられたが、それがプレッシャーになってしまい、おかしくなり仕事を辞めてしまったと言います。案外、日常の仕事の処理能力を高めるというのは大事なことなのかもしれません。

 ここで問題なのは、当院の統合失調症の患者さんに知能検査WAIS-Ⅲをしたところ、どこの病院でも同じでしょうが、分指数という4つの項目のうち、統合失調症では処理速度が落ちているんです。そして、これが問題なのは、処理速度と社会適応の可能性との間にそこそこ強い相関があるからなのです。統合失調症の患者さんの幻覚妄想や興奮は抗精神病薬の進歩でかなり良くなりましたが、就労はだいたい困難です。これをよくするためには、おそらく処理速度を改善することだと私は思います。いや、そう思っている精神科医が多いと思います。それが薬なのかどうかはわかりません。


 統合失調症は認知機能にダメージを与える病気でもあると考えられますが、どういうパターンで傷害を与えるかですが、例えばWAIS-Ⅲでは、言語性IQ、動作性IQ、そして4つの群指数の一般人との差異をみれば統合失調症が、認知機能の中でどのように傷害を与える病気なのかわかります。副作用止めであるトリヘキシフェニジルなども服薬中には認知機能を低下させますが、それは統合失調症とはまったく違った傷害パターンです。統合失調症ではそれはもう処理速度が第一なのです。知識などには傷害を与えづらい。単純なことを素早く処理する能力が低下することです。心理的な苦悩や悩み、人間関係の問題などは、実は処理能力が低下していることから生じているかもしれません。こころの問題ではないかもしれないのです。前にも申したかもしれませんが、精神医学にあっては、あるいはこころの問題にあっては患者さん、医療関係者とも、物事の因果関係に十分に気を付ける必要があるのではないでしょうか。表面的に因果関係があると思われることが、実は違うことが非常に多い。間違って思い込んでいることが多いと思います。自分の想定している因果関係が間違っているかもしれないと思えれば違うのかもしれません。因果関係というのは、不思議なもので、人間にはわからないのだ、本当に正しく分かるのは、神や天や仏だけかもしれません。統合失調症では、多くの場合、因果関係が間違って捉えられます。これは、また大問題なので、別項で考察します。

 話がだいぶそれてしまいましたが、渡辺和子は、うつ病から脱出し、高齢になるまで貢献し続けました。また、渡辺は、伝統ある大学の運営責任を担っていたことが大きかったかもしれません。マザー・テレサも大きな組織を運営していたのですが、自分の立ち上げたものであり、失うものは何もなかったのかもしれません。 

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