精神疾患による犯罪を抑止する 京アニ逮捕の今

はじめに

 犯罪という言葉が、日常の精神科医療の現場で口にされることはあまりありません。一般の精神科医療は、病気の治療のためにあるのであり、犯罪防止を目的とするものではないからです。しかし、普段はおとなしい人も、精神科の病になると思いもよらない犯罪を起こしてしまうこともあります。この場合、被害者も本人も双方の家族にも不幸なことです。犯罪までいかなくても、家族が危険にさらされたり、警察を呼ばざるを得なくなったりする事態が、精神障害ではしばしば起こります。コントロールが自分では難しい当人、長期に我慢している家族の方、近隣の方もいるのではないでしょうか。また、明らかに精神科の病なのに、病気によると認定されずに治療がなされないまま長期間服役してしまう方もいます。

 精神医療の目的は、患者さんの病気の治療が第一ですが、精神疾患による犯罪についても、本人のため、周囲の人のためにできるだけ抑止したいところです。病状が悪化して犯罪を起こしてしまう可能性がある期間は、適切な治療的介入がなされれば、そう長くはありません。この危機的状況において、患者さんに関わる人は、しっかりとした対応を行う必要があります。

 今回、やはり、2019年発表の厚生労働省の630調査、並びに、警察の犯罪統計、人口統計などの資料から、統計学的な検討をすすめていきたいと思います。630調査は、毎年、6月30日の0時時点での精神科患者の動向をいろいろな項目で調査したものです。ネット上で公開されています。例によって、exel を用い、SPSS で統計処理を行いました。

 今までブログでお示しした通り、精神科病院への人口当たりの入院者が多いほど、その都道府県の刑法犯認知件数が少なくなっています。ブログをご覧いただけますと幸いです。これは、厚生労働省が、精神科病院入院患者を削減しようとする現代、もう一度、認識する必要があります。精神科入院に相当する犯罪抑止効果がある方法はないようです。

 これも前のブログでお話しした通りですが、患者さんを精神科病院から退院させ、訪問看護でみていくという方法の効力について考えてみました。しかし、統計学上では、犯罪を抑止できたのは、精神科病院で行っている訪問看護だけでした。それは、危機的な時に入院がしやすいからです。ですから、退院させて在宅で患者さんをみていき、犯罪を起こさないようにするためには、危機的な時が訪れれば直ちに入院をすすめないといけないと考えられます。

 しかし、ことはそう簡単ではありません。精神科訪問看護を行っている看護師やコメディカルは、危機的な時でも精神科病院への入院を避けようとしてしまう場合が多いのです。患者さんは入院を嫌がる方が多いですし、自分が入院を勧めるのは荷が重いと感じてしまいます。入院になったら自分たちの看護は失敗だと思ってしまう方もいます。精神科病院への入院がなんとなく望ましくないという風潮の現代では特にそうなってしまうのかもしれません。

 この事態を解消するためには、繰り返しますが、危機的な時には、訪問看護師も主治医も、患者さんが問題を起こさないために、精神科病院への入院を適切にすすめるべきです。放置をしてはいけないと思います。この統計に表れた事実は、あるがままに関係者に認識していただきたいと思います。現在、我が国において、精神障害者の犯罪を抑止する力が統計学上認められるのは、精神科病院への入院です。それに匹敵する効力を持つ治療方法は一連の統計学的検討から現在の日本では残念ながらないと思われます。

 危機的な状況での精神科の病院への入院の必要性は理解しました。しかし、日本の精神科病院の問題は長期入院ではないのかと言われるかもしれません。国も問題にしているのはそこのところです。そのため、今回の検討では、入院期間がどの程度だと犯罪抑止に効果があるのかということを調べてみました。幸いなことに630調査には、各都道府県の入院患者数が入院期間別に集計されている項目があり検討が可能でした。

結果と考察

表1をご覧ください。まず、「全入院」をみてください。これは、各都道府県のすべての精神科入院患者と刑法犯認知件数との相関関係をみたものです。有意確率(p)は、0.000 (通常の表現ではp<0.001***)で有意に、相関係数(r)=-0.578という、負の十分な強さの相関関係があることが分かります。つまり、精神科入院患者の多い都道府県では犯罪が少なく、入院患者の少ない都道府県では犯罪が多いことを示しています。この真実が統計学的に明確に示されています。

                表1 平成30年の都道府県別刑法犯認知件数と精神科入院期間との関係(N=47)

3か月未満3か月-1年未満1年以上全入院
刑法犯認知件数 相関係数
        有意確率
-0.583
0.000
-0.582
0.000
-0.551
0.000
-0.578
0.000

 そして、さらに都道府県の人口当たりの入院3か月未満、3か月から1年未満、1年以上の入院患者数とその都道府県の刑法犯認知件数の相関関係を調べました。すると入院期間が、3か月以内であろうと、1年以上であろうと、その都道府県の犯罪数と明確な相関関係があることがわかりました。短期入院でも長期入院でも、p=0.000 で有意に負の相関関係があり、精神科の入院は犯罪を抑止していると考えられます。1年以上の入院でも犯罪抑止効果は短期の入院に比較して遜色のないものです。

 相関係数が一番高いのは、3か月未満の入院であり、次に高いのが3か月から1年、そして、一番低いのが入院1年以上の入院です。つまり、入院期間が短期でも長期でも犯罪抑止に有効ですが、どちらかといえば短期入院が有効であるということがわかります。全入院の-0.578は、3か月から1年と1年以上の間にあります。つまり、非常に正確にこれらの相関関係が数字上に論理的に示されており、その点から見ても、精神科病院への入院は、入院期間にかかわらずその都道府県の犯罪を抑止していることが明確です。

 こういう結果は、精神科病院への入院治療に抵抗を感じる方には、見たくない数字かもしれません。わかっていたけれども無言の圧力により、公開されなかったのかもしれません。しかし、真実は公開されなければいけません。患者さんも、患者さんのご家族も、医療関係者も、精神科医療に関わる行政関係の方々も、そして、国民の方々は知らなければなりません。隠されてはいけないことだと思います。精神科病院への入院によって、患者さんは犯罪を起こすという不幸を防ぎ、一般の方々は小から大までの犯罪の被害を受けなくてよいという可能性が高まると考えられます。もちろん、精神科病院への入院による負の部分もありますし、どうしても自由を制限することになる入院治療より、将来は他の方法がより良好な効果を持つようになるかもしれません。

 このような真実の上に立って、合理的に将来計画をすすめないといけないのではないでしょうか。思い込みとか、願望とか、理念などによって行動するのは危険なことであると思います。そして、事実を知らしめないまま、精神科医療の計画をすすめていくとすれば問題が大きいと思われます。

 欧米では、きっと精神科病院への入院が犯罪を抑止しているという事実を国民に意図的に伏せたうえで、精神科病院の病床数を減らしていったのではないでしょうか。では、何のために?経済が優先したのでしょう。では、日本はなぜ精神科病床が多く残っているのか?精神科特例などがあって、今でも精神科病院への入院単価は一般病院へのそれに比べて低いのですが、このように欧米ほど精神科病院が優遇されなかったからでしょう。精神科病院への入院は日本では格安であり、その割に効果があるために、必然的に生き残っているのかもしれません。この費用とこの資源でこの成果を出せる方法が今のところ他にはないのだと思います。

 表2に、平均在院日数と刑法犯認知件数との相関関係をお示ししました。p<0.01 で、有意に両者に負の相関関係が認められ、平均在院日数が短い都道府県では、犯罪が多いことを示しています。相関係数の大きさは、相関があるという程度のものです。

                         表2 刑法犯認知件数と平均在院日数との関係(N=47)

平均在院日数
刑法犯認知件数 相関係数
        有意確率
-0.378
0.009


 これは、どういうことかというと、平均在院日数を少なくしよう、欧米並みにしようという考えが一般的にあります。ところが、平均在院日数が短い都道府県では犯罪が抑止できにくくなっています。当院でも平均在院日数は毎年徐々に低下していますが、この平均在院日数の短期化にこだわりすぎると、問題が生じるように思います。正しい対処は、個々の症例において、余計な個人の感情を入れずに医学的、治療的に正しい選択をすることだと思われます。平均在院日数を短くしたいとか、在宅だけでみていきたいというのは、長期的な理想としては良いのですが、その患者さんの現在必要とされていることを優先しなければいけません。

 さあ、表3をご覧ください。各都道府県の犯罪数とその都道府県の人口当たりの常勤の医師数、看護師数、PSW数(精神保健福祉士数)を示したものです。どの職種も、その都道府県で多ければ、犯罪抑止に効果があることを示しています。ここで問題なのは、もっとも相関係数が高いのは、指定医、次にPSWです。これは、何を示しているか、私は医療保護入院と措置入院数を反映しているのだと思っています。精神科病院は精神科病院として一番必要とされていることを忠実に果たすことによって、世界に貢献できるということだと思います。科学的根拠に基づいて、正しいことを行っていくということです。

                       表3 犯罪と精神科の職種との関係(N=47)

精神科医数指定医数看護師数PSW数
刑法犯 相関係数
    有意確率
-0.544
0.000
-0.575
0.000
-0.543
0.000
-0.567
0.000

 現在の日本の精神科医療で顕著な潮流は、自己否定ということではないでしょうか。これは、日本人の集団的、精神病理学的特徴なのかもしれません。どう思われるかということを過剰に気にする恥の文化ということと関連するかもしれません。日本のさまざまな業界の中でも、過去の精神科医療の中にもみられる特徴のように思います。例を挙げます。呉秀三は、日本の精神科医療の礎となった方であり、多岐にわたる業績は極めて優れたものです。しかし、その彼の改革意欲の底にも、自己否定的な感情があったのではないかと勘繰ってしまいます。日本中の私宅監置を調査し、いかに劣悪か調査し、「精神病になる不幸とともに、この国に生まれた不幸がある・・・」と詠じています。欧米で学んだ彼のこころには、日本はひどい国で恥ずかしいという考えが強かったのかもしれません。病院での身体的拘束もひどいものだとして、拘束具を焼き払ってもいます。

 しかし、彼の理想通りにはならず、拘束具を一度ゼロにした松沢病院でも身体的拘束は再び増えてしまいました。彼の熱意だけではどうにもならなかったのです。そして、日本の精神科医療は、現代になってもお得意の自己否定で動いている気がします。欧米と比べて、いかに、日本の精神科医療が遅れているかということから、行動理念が作られている気がします。しかし、精神科病院の犯罪抑止効果など、事実を直視しなければいけないのではないでしょうか。日本の対策は不十分なように見えて、コロナウイルスによる死亡者がなぜか少ないということとどこか共通するところがあるような気がします。

 私は、全国の精神科病院で働いているいろいろな職種の方々が、自分の仕事に誇りを持てないまま仕事をしてもらいたくないです。幸い、ここに調べてきた事実は、精神科病院での精神医療を肯定するものばかりでした。先人たちが長年にわたり積み重ねてきた賜物です。だから、精神科病院で働いている人は、自分の仕事が役立っているということを十分に理解していただきたいと思います。患者さんのことを肯定し、自分の仕事も肯定しましょう。そして、ニーズに応え、ますます技量を高めていかなければなりません。その方法は、当たり前のことですが、個々の患者さんに必要なこと、望ましい治療を提供することにほかなりません。自分の思っている通りに現実を無理に変えることではないと思います。精神科入院治療の精度が良好に保たれ、実際に深い倫理性と責任性、科学的信頼性を持って治療を続けていけるなら、精神科病院はもう少しの間必要なものであると思われます。それは険しい道のりですし、日々の研鑽が必要とされますが、精神科病院という場で、立場を超えて素晴らしい出会いと成熟が得られることを祈っています。

 2020年冬から始まったコロナウイルス感染症のため、多くの精神科病院でも面会や外出の制限が行われました。関係者は、外出ができないからストレスが溜まって病状が悪化すると思いました。しかし、病棟の看護師は、患者さんは自由が制限されたのにかえって落ち着いていることを発見しました。自由の制限は悪影響を及ぼすだろうと考えていたのに必ずしもそうではなく、患者さんも家族もかえって休めたのかもしれません。そして、職員も休めたのかもしれません。だから、思い込みは恐ろしい。真実はしばしば願望や情熱から想像されるものとは異なるものです。

まとめ

  • 国が望ましいとしている精神科医療に関する政策は、精神科の入院患者数を減らすことですが、人口当たりの入院患者数の少ない都道府県ほど、犯罪が多くなっています。
  • 国は、長期の入院を減らそうとしています。それは、長期の入院が有効でない可能性や諸外国と比較して入院数が多いという理由からだと思います。ただし、今回の研究では、1年以上の長期入院でも、犯罪抑止に非常に有効なことが示されました。
  • 平均在院日数が短くなるのがよい指標とされていますが、犯罪の発生に関してはその逆の傾向がみられました。無理に短期化を目指すと問題が生じる可能性があります。
  • 人口当たりの職種と犯罪との関係から、おそらく医療保護入院と措置入院が犯罪の抑止に有効であると予測できます。
  • 精神医療で常識と思っている、入院患者数の削減、特に長期入院の削減、平均在院日数の低下などが、犯罪の抑止という観点からは、否定されるのではないかという結論となりました。
  • 日本には、日本の方法があっていいと思いますし、欧米の方法だけが正しいとはいえないのではないでしょうか。コロナウイルス対策とどこか似ています。

文献

平成29年中における自殺の状況 平成30年3月16日 厚生労働省自殺対策推進室 警察庁生活安全局生活安全企画課 https://www.npa.go.jp/safetylife/seianki/jisatsu/H29/H29_jisatsunojoukyou_01.pdf 平成30年1~12月犯罪統計【確定値】 訂正版
https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00130001&tstat=000001125535&cycle=0&year=20180&month=0 平成29年の 刑法犯に関する統計資料 平成30年7月 警 察 庁 https://www.npa.go.jp/toukei/seianki/H29/h29keihouhantoukeisiryou.pdf 人口推計 / 各年10月1日現在人口
https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00200524&tstat=000000090001&cycle=7&year=20180&month=0&tclass1=000001011679&stat_infid=000031807141&result_back=1&cycle_facet=tclass1%3Acycle

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