論語と算盤 渋沢栄一

 渋沢栄一の論語と算盤を多くの方々が訳しています。日本語は訳さないといけないところが残念です。それだけ、変化しているということでしょう。変化できるところがいいところかもしれません。南京で大虐殺があったと一部でされます。慰安婦問題も取りざたされます。しかし、東京大空襲では、11万人の民間人が死亡。原爆では、広島は約32万人、長崎は約18万人の合計約50万のほとんど民間人が死亡しました。米国は第2次世界大戦による民間人の死亡はほとんどゼロでしょう。しかし、日本人は、米国による大虐殺があったとは言いません。南京の大虐殺はあったかどうかわからない。朝日新聞社の間違いかもしれない。それに対して、米国による日本人の大虐殺は確実にあったし、大変な数だったことは確実です。日本は寛容な民族なのでしょうか。変化する民族なのでしょうか。遺恨を残さない民族ののでしょうか。日本は米国と仲良くなろう、維持しようとしています。中国との関係などを見ると、そうせざるを得ないと思います。

 欧米諸国は、アジアでもアメリカ大陸でも、侵略して植民地化しました。中国もやられました。中国は日本と異なり、ずーっと遺恨を残しているのでしょうか。これから晴らそうとしているのでしょうか。

 話がだいぶずれましたが、論語と算盤という題名についてです。渋沢は、大臣の地位から在野に下ったわけです。そのころの明治維新の英傑は大変な金持ちになった。ものすごい給与だった思います。伊藤博文、井上馨、さらに西郷従道でさえも。西郷隆盛はそんなことも嫌になってしまったのです。ある集団の中で、非常な金持ちができると、どういうことになるかというと、貧乏人は必死に働くが、それは、その集団の中の金持ちをさらに金持ちにするとか、それを維持するという目的のために、困難な仕事をし続けるということがありえます。ところが、その事実は、知らされないのです。いや誰もあまり意識しないのかもしれません。そういう体制が、現状を維持するのに必要なのでしょうか。私にはよくはわかりません。そういうことに気が付いてしまった人は贅沢ができるるはずもありません。上杉鷹山も二宮金次郎も。

 渋沢栄一は、論語を指針としていたために、経済的に豊かになることに抵抗があったのかもしれません。なぜなら、孔子はけっして経済的に恵まれていたわけではありませんでした。その中でも、孔子がもっともすぐれた弟子としていた顔回への誉め言葉がこうです。「子曰く、賢なるかな回や、一箪の食(いったのし)、一瓢の飲(いっぴょうのいん)、陋巷に在り(ろうこうにあり)。人はその憂いに堪えず。回やその楽しみを改めず。賢なるかな回や」。老先生の評価。聡明である、顔回は。その食物はわずか、飲み物もわずか、そして貧乏な裏町暮らし。ふつうの人ならとてもそのつらさに堪えられない。ところが、顔回は、そこにある楽しみを改めない。(その楽しみを知るとは)聡明だな顔回よ。(加地伸行による訳)

 これだけで終わらないところが論語のすごいところです。顔回は早世してしまいます。「顔淵死す。子曰く、ああ、天予をほろぼせり、天予をほろぼせり、と」天は私を殺した、私を殺した。孔子が、高い地位の人から、弟子の中で誰が最も学問を好んでいるかと聞かれたとき、「それは顔回です。学問を好んでおりました。しかし、不幸にも、短命で亡くなりました。もはやこの世におりませぬ」。

 これだけで終わらないところが論語のすごいところです。顔回が亡くなった時、その父親の顔路が、孔子にお願いしました。内棺は用意しましたが、貧乏なために外棺が用意できません。先生の車を売って外棺を作りたいのですと言うのです。それに対して、孔子は、自分の子である鯉(り)が死んだとき、外棺を用意できなかった。すでに大夫の待遇を受けており、車に乗らず、徒歩で出入りするわけにいかなかったからだ。今もそれは同じだというのです。

 つまり、渋沢栄一は、孔子にしても顔回にしても、経済的には決して恵まれなかったし、金銭に執着していなかったことを理解しており、論語と算盤は対極にあり、その両立が可能かという課題を常にかかえていたとも考えることができます。それは可能だと渋沢栄一は言うのですし、身をもって証明したということになるのでしょう。(2021年3月13日)

 論語と算盤の問題は、いたるところにあります。例えば、病院の運営です。「仁や医療倫理」と「算術的経営」の二面です。これらを両者とも成り立たせていかなければなりません。でも、これらは対立するものではなくて、一方が一方の助けになるものでもあります。あるいは両者無くては発展はあり得ないというものです。(2021年3月23日)

 

 

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