偉人のうつ病 トルストイ その6 懺悔2

 1879年(明治12年)に書き終わった「懺悔(ざんげ)」の中で、51-52歳のトルストイは、「振り返って30年も40年も生きてきた今に至り、頭脳が完全に固まり、人生には何物もなく、ただ残酷で愚劣なだけであるという結論に達した」と書いています。「家族に対する愛と芸術と名付けている著作に対する愛さえももはや自分には甘美さが感じられず、この恐怖から逃れんために私は自殺を念ずるようになった」と書いています。

 八島によれば、うつ状態がもっとも悪化したのは、「アンナ・カレーニナ」を書き終えた1878年50歳ころから、1879年「教会と国家」を書くまでの間らしいです。この時期は、信仰、教会、暴力、宗教などの方向へトルストイの関心は移行しており、トルストイの人生上の大きな屈曲点となっています。二宮金次郎が40歳代のはじめにうつ状態、失踪と思想上の大転換を迎えたのと同じように、トルストイはうつ状態になり、方向転換したのは50歳代の前半になります。トルストイは82歳で妻を残して失踪しているところも金次郎と共通しています。

 うつ状態への萌芽はアンナ・カレーニナの執筆の間にすでにあったようです。47歳から50歳の間に徐々にうつが悪化したのです。八島によれば、トルストイは、作品に自信を持っていた半面、何となく気乗りがしなくなり、得体のしれないものが自分の生活を停止させてしまうのを感じ、この作品が傑作になることは、どうでもいいことのようになってしまっただけでなく、生活全体がうとましくなり、徐々に死にたくなり、(衝動的に自殺企図しないように)猟銃やロープを片付けたと語っています。医学的に見れば、うつ病としてよいのでしょうけれども、トルストイは、生き方や考え方の問題だととらえました。そして、信仰に目覚めたことが彼を救ったということになりますが、これは、金次郎の場合の成田山での開眼という宗教的体験と一致しています。トルストイのキーパーソンはキリストで、金次郎は不動明王です。

1882年54歳ころ トルストイ 八島雅彦より

 「知識の分野における彷徨は、絶望から救いえないばかりでなく絶望を増大させた」といいます。死は生よりましであるから、生より脱却しなけばならないと考えました。しかし、どうしても命を絶つことはできなかったと言います。トルストイは、「戦争と平和」を41歳で完成していますし、「アンナ・カレーニナ」は、50歳で出版しています。ですから、作家としては十分な成果を挙げているわけです。評価も受けているわけです。ですが、自殺の危険はとても強かったといえます。

 つまり、これから言えることは、人生の上での成功、栄誉、名声、富は、幸福とは無関係のようにみえます。死にたい人間は幸福であるとは言えないでしょう。しかし、多くの人々は、そういったものが幸福になるための条件と考えてしまいます。そういうものがあれば幸福であり、ない自分は不幸なのだと思うようなことが多いのではないでしょうか。トルストイの場合をみてみると、そうとは言えないことがわかります。

 また、トルストイは、生に対する絶望、自殺への傾向と闘いながら、同時に偉大な作品を制作していたのだから不思議です。ゲーテは気分が高揚しているときに恋愛し執筆し、沈んでいるときは創作活動ができなかったと思いますが、トルストイの場合は、抑うつ気分、自殺念慮とともに創作を続けたといえるかもしれません。人間にとって、富と名声をもたらす世界的な大成功であっても、うつ病にはまったく役立たないということです。ただ、そういう誤解をしてしまうことはあります。何か成功を収めれば解決してしまうというような幻想を持つことが人間にはあります。これさえあれば、自分は幸せなのに、と思ってしまうところがあります。

 そのような富や名声などの問題点は、それが他人より多い富、他人より高い地位、他人より高い人気など、他人との比較があり、他人に勝ろうとする意図が含まれているのではないでしょうか。人より高い評価が欲しいなどといったら、妙好人は、そんなことを寸分でも考える自分は「浅ましい人間だ」ということでしょう。思い上がっているということになりましょう。

 深刻なうつ病の場合、どうしようもない言い方ですが、成功より抗うつ薬の方が効きます。その方がクリーンな感じがします。

トルストイは、ショーペンハウエル(1788-1860)と同じ結論、人生は無意味であって、死の方が望ましいという考えに達したといいます。それは、理性的な考察をすすめていったうえであるとトルストイは言います。しかし、その中にわずかながらすっきりとしなかったところがあるとも言っています。これには何か無理がある。こう思ったといいます。トルストイは、自分がどこかに錯誤をやっているに違いないと感じます。しかし、その錯誤の所在をどうしても発見することができなかったといいます。

 なぜ、トルストイは、そういう自分の考えは間違いではないかと気づけたのでしょうか。光が差し込んだのでしょうか。どこかに彼の健全さが保持されていたのか、それは、幼少期の誰かの愛情であったのか・・・・。

 「そして、ある時、生の意識としか名付けることのできない何物かが盛んに活動し、そしてこの力が注意を他の方向に向けさせ、そして、この力が絶望的な状態から私を救い出し、私の理性を全然別な方向へ向けなおしてくれたのである」自分の努力ではなく、何者かが向こうからやってきたのです。

 トルストイの属している上流階級の人々をかえりみると、この大問題を全然理解しない人と、なかば悟りかけながら酒の力でこれをもみ消してしまう人と、はっきり悟って自殺してしまう人と、はっきり悟りながら弱さから絶望的な生活を続けている人だけだということを発見したといいます。

 「自分の知恵を誇る気持ちに迷わされていた私には、私がソロモンやショーペンハウエルとともに、他に類がありえないほど正確に、また、真実にこの問題を提起したということが、疑えないものと思え、幾十億の一般大衆が、まだこの問題の奥底まで理解するに至らないことも疑えないように思えていた。われわれのような一番リベラルな教養ある人々に特有な、こういう狂乱状態に生きていた」といいます。

 しかし、トルストイは、人生の意義を自殺せんとしている連中の間に求めても何にもならないので、現在の幾十億の大衆について求めるべきだと感じたといいます。

 そして、彼らの中に全然違ったものを発見したといいます。いろいろの思索を経て、トルストイは、この問題に対する解答を、理性の支配する知識に求めてはいけないことを理解したといいます。「私はいかに生くべきであるか、死によってほろぼされない意義とは何か?無限無窮の神との合一、すなわち、天国これである。こういうのがその解答であった」。「それまで、唯一絶対と思っていた理性の支配する知識のほかに、人間には、理性の支配を超越したもう一つの知識、生活の可能性を与える信仰なるものが、保持されているという事実を認識した。信仰のみが、人類に、生存の疑問に対する解答を与え、その結果さらに、生存の可能性を与えるものであるという事実を認識した。信仰は、人間の有限なる存在に無限の意義を付与する。苦悩と喪失と死とによって滅ぼされない、不滅の意義を付与する。言い換えれば信仰の中にのみ人生の意義と生存の可能性とを見出すことができる」。

 「信仰の獲得によって、われわれは自己を滅落させることなく生きていけるようになるところの、人生の意義に対する知識なのである。つまり、信仰は生の原動力なのである」。

「私は信仰によって与えられる解答の中にこそ、人類の最も深い霊智が保たれているということ、私が理性の上に立ってこれを否定する資格を持たないものであるということ、これらの主要な解答だけが、生の疑問に答えるものであるということを理解しかけた」。

 そして、トルストイがしたことは、周囲のキリスト教徒や仏教徒の信者たちをとらえて彼らがいかに信仰しているか、いかなるものに人生の意義を見出しているかを根ほり葉ほり執拗に尋ねます。ところが、彼らの強調するのは、生存の疑問に答えるためではなくて、他の目的のようだということがわかり、彼らの信仰の中に人生の意義の解明を見出す希望を失ってしまったといいます。ガンジーも周囲のキリスト教徒を詳しく知るにつれて失望していますが、それと同じです。そして、二人とも、「山上の垂訓」を好んでいます。

 「彼らもまた自分自身と同じように、生きられるだけ生き永らえ、手のつかみ得るすべてのものをつかみ取るという以外に、人生の意義を把握していないことを、私ははっきり感得した。彼らがもし喪失と苦悩と死の恐怖を滅却するような確固不抜な人生の意義を把握しているのなら、それらのものを恐れないはずだからである。彼ら、我々と同じ階級のこれらの信者たちも、私と同じように、豊かな有り余る生活を送っており、その福裕な財産を大事にして、いやが上にも大きくしようとこれ努め、喪失と苦悩と死を恐れ、そしてわらわれのような、信仰を持たないすべての人と選ぶことなく、やはりいろいろの卑しい欲情に満足して、より劣悪でないまでも、少なくとも世の不信心者と同程度の邪悪な生活を送っているのだった。彼らの信仰など真の意味の信仰などではなく、この世の生活に対する快楽主義的な慰めの一つに過ぎないことを悟ったのである」。

 次にトルストイは、貧しい単純な無学の人々の中の信仰を持っている人々、巡礼や、修行僧や百姓たちに接近し始めます。「彼らが本当の信仰を把握していること、彼らの信仰が彼らにとって必要欠くべからざるものであって、これのみが彼らに生存の意義と可能性とを与えていることをますますはっきりと確信するに至った。(トルストイと同じ)上流階級の人が、喪失と苦悩に対して己の運命に反抗したり不平を言ったりしているのに反して、これらの人々は少しの疑惑も反抗もなく、それどころか、それらのすべてが善であるという堅い信念をもって、疾病や悲嘆を甘受しているのだった。これらの人々は黙々と生き、悩み悶え、そして死に近づいていく。しかも彼らは一種の平安をもって、いやそれどころか、その大多数は、光り輝く喜びを内に抱きつつ、そうした悩みを悩んでいるのであった。われわれの階級では平安な死、恐怖や絶望を伴わない死がきわめて例外的であるのに対して、これらの民衆の間では不安な、悪あがきする、悲痛な死が、きわめてまれな例外であった。彼らは、生死の意義を承知しており、平安な気持ちで勤労し、困苦欠乏を耐え忍び、そこに空しさではなく善をみつつ、生きかつ死んでいくのだった。私はこういう人々を愛するようになってきた。私自身の生活も、だんだん安らかになっていった。私はこうして二年を過ごした」。

 そして、精神的大転換が起こったといいます。「額に汗して営々と労働している民衆全体の生活、自らの生活を創造しつつある全人類の生活が、真の意義をもって私の前に現れてきた。こういう生活に与えられている意義が、真実の意義であることを悟った」といいます。

 さて、うつ病は宗教的な悟りによって治癒したのでしょうか。トルストイ、二宮金次郎、白隠などは、ひどいうつ病に落ち入り、なぜか宗教的な体験を求め、開眼し、それと同時にうつ病が治癒して再び活力を取り戻したようにみえます。宗教的な悟りは、うつ病の人にとって、特効薬なのでしょうか?それとも、うつ病が治ったので、気持ちが明るくなり、悟りを得たように感じたのでしょうか?

 もし、宗教的な悟りが、うつ病を治癒に導くのなら、宗教的なものを治療に導入したらどうかと思います。マザー・テレサの場合は、仕事を終えてからの毎日の祈りが彼女の傷を癒し、休息を与え、神との結びつきを深め、明日の活力を生み出しているようにみえます。

 精神科の病棟の中では、キリスト教の聖書を離さずにいる人がいます。その多くの方々は、統合失調症の方です。薬や主治医よりも聖書の方を大切にしています。宗教は病気に対してどのような影響を与えるのでしょうか。

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