Ⅰ.はじめに

 2019年5月23日の朝日新聞の身体的拘束に関する報道に対して意見を述べさせていただきました。今回は、厚生労働省のロクサンマル調査(630調査:6月30日時点での精神科病院の調査のデータ)を利用して、統計学的に身体的拘束を考えてみました。このような研究を始めようとしたのは、朝日の報道で、埼玉県の拘束率が一番高いと報道されたことです。本当にそうなのか、そうならばどういう理由からなのか調べたいと思いました。

 私の知る限り、精神科病院の職員は、極めて献身的に働いています。どの精神科病院でも、そうだと思います。真実を知るという意味で少しでもお役に立てればと思って書きます。といっても、ただの臨床医ですので、冗長だったり、間違いはあると思います。ご容赦ください。しかし、少なくとも私にとっては想定外の結論になりましたので、最後までお読みいただけますと幸いです。また、本試みのきっかけとなった問題提起をされた杏林大学の長谷川先生には感謝申し上げます。

Ⅱ.方法

630調査は各都道府県の隔離、身体的拘束(以下、拘束)のデータや各都道府県の精神科病床数や働いている医師の数などがあります。それを excel形式で私のパソコンにダウンロードし、それに、身体的拘束に関係するかもしれないと考えた項目を追加しました。人口当たりの割合などは計算式を作って計算しました。

 紙の資料は、都立中央図書館で、2019年6月30日に入手しました。図書館の職員に伺って、総務省統計局の「社会生活統計指標2018」を教えていただき、コピーして手入力しました。また、「国民衛生の動向」の一部の資料も exel 上で合体させました。これらの excelデータを統計ソフト SPSS ver.17 に取り込んで統計解析を行いました。行は47都道府県プラス20政令都市で67行、列(変数の数)は177列の個人研究としてはそこそこの表となりました。

Ⅲ.日本の精神医療の地域差

 まず、日本の精神医療の地域差を検討したいと思います。精神科の人口当たりの病床数や入院者数は地域によって著しく異なっています。これは、拘束について研究する上で非常に重要な前提です。

 表1に、人口1000人当たりの入院者数が多い都道府県と少ない都道府県を示ししました。鹿児島県が第1位で5.20人、長崎4.97、宮崎4.74、佐賀4.59、熊本4.46となり、9位に山口が入りますが、他は10位以内は九州と四国の県が占めます。逆に人口当たりの精神科入院患者が少ないのは、神奈川1.27、滋賀1.40、東京1.42、岐阜1.43、静岡1.51となります。政令指定都市のデータがなかったのですが、さいたま市(浦和神経サナトリウムがあります)を福祉医療機構(ワムネット)のホームページで調べてみると、0.79と極端に少なくなっています。

表1 人口1000人当たりの精神科病院入院数

 少ない都道府県(人) 多い都道府県(人)
  神奈川1.27  鹿児島5.20
  滋賀1.40  長崎4.97
  東京1.42  宮崎4.74
  岐阜1.43  佐賀4.59
  静岡1.51  熊本4.46
さいたま市(参考)0.79

 九州や四国では、人口当たりの精神科入院数が多く、鹿児島は神奈川の4.1倍、さいたま市の 6.6倍となっています。その多くを占める統合失調症の有病率は地域による差は従来少ないとされていますのでこの地域差に驚きます。しかし、それが望ましくないというのではなく、後述のとおり、その地域の事情のに合った最適解になっているのかもしれません。

 人口当たりの入院者数が多い九州や四国の病院では、病院職員は足りているのでしょうか。表は省略しますが、病床当たりの職員数は、神奈川など入院者が少ない5県では、精神科医数は0.032以上、入院者が多い5県では0.032以下です。指定医数、薬剤師数も同じ傾向がみられます。看護師とPSWには大きな差はありません。つまり、九州や四国など入院者が多い地域では、精神科医などの専門職が病床数に対して少なめです。実際に患者さんの面倒をみてくれているのは看護師やPSWなので、効率的で有効な仕事のためにはそれがいいのかもしれません。

 次に表2ですが、医療保護入院者の入院届の平均年齢です。神奈川など入院の少ない地域では、50歳代が中心ですが、入院が多い地域では、60歳代が中心です。一番高いのは岡山の71.4歳です。年齢に関しても地域差があります。
 精神および行動の障害(ICD分類のFコード)の外来受療率、入院受療率を調べました。外来受療率では、九州、四国が多く、人口10万人当たり200人台が主となっていますが、神奈川など少ない県では、100台が多くなっています。また、入院の受療率は、さらに差が大きくなり、九州・四国では、すべて500以上、鹿児島では695まで上昇しています。一方、精神科入院が少ない県では、入院受療率は、すべて100台です。また、合計受療率をみますと、九州、四国では、500台から600代後半と大きな差が認められます、また、受療率中に占める入院の割合ですが、鹿児島が0.68と最も高く、東京は0.32と半分程度です。東京に精神科診療所も多いことも影響しているかもしれません。九州、四国では、精神科を受診している方が多く、しかも入院が多いといということです。その地域の特性に沿った精神医療が成り立っているのでしょう。

表2 医療保護入院平均年齢、受療率(入院が少ない県、多い県別)

医療保護入院平均年齢精神科外来受療率人口10万対同入院受療率(A)合計受療率(B)入院比率(A/B)
人口当たりの入院者が少ない県神奈川57.31761232990.41
滋賀58.51531262790.45
東京58.63191504690.32
岐阜6181921753670.48
静岡56.31651523170.48
多い県熊本68.21993885870.66
佐賀62.42033435460.63
宮崎58.8226
3445700.60
長崎65.42564406960.63
鹿児島61.52254706950.68

 まとめ


・九州、四国では、人口当たりの精神科入院患者数が多く、外来よりも入院が多いという傾向がある。
・人口当たりの精神科入院患者が少ないのは、神奈川、滋賀、東京、岐阜、静岡である。
・精神科入院患者の多い県では、少ない県より、病床当たりの医師数、薬剤師が少ない傾向がありますが、その地方に合った効率的なありかたなのかもしれません。
・精神科入院患者の多い県では、少ない県より、医療保護入院者の平均年齢が高い傾向がある。
・その地域の特性や条件に沿った精神科医療のスタイルになっているのではないか。どちらが望ましいということではないのではないか。

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